クルマづくりサポート

クルマづくりサポート#7【分岐点3:車両設計】 

設計基準、生産要件、具体的な性能目標、過去の不具合事例、旧型車や競合他社の各種データ。

これらが揃った環境で設計を進めるのが今のOEMの開発環境です。多くの自動車エンジニアはこの環境での開発に慣れていますし、基準は「設計の拠り所」になります。これらの設計基準や生産要件、不具合事例などは大手OEMのノウハウが凝縮されたものであり門外不出。OEMの非常に大切な財産です。私も大手OEMの設計時代は、基準や要件に囲まれた環境にどっぷりはまって設計していました。

しっかりした基準を作り上げ、誰が設計しても一定の品質や性能のものが開発できる。大手OEMが長年目指してきた「効率的大規模開発の完成形」です。これは日本の大手OEMの努力の結晶そのものです。自動車を量産し始めた時代から現代まで何十年もかけてトライ&エラーを繰り返し、不具合が発生すればすぐに現地に飛んで原因を究明し、その問題解決のために必死で知恵を絞り、対策案を試す、という血の滲むような努力が積み重なって形になった基準と手法です。「日本車=長く使っても壊れない高品質でリーズナブルな車」というJAPANブランドを世界に知らしめた日本自動車産業の大きな財産だと思います。

ただ、現代のエンジニア目線で捉えると、このすばらしい基準に囲まれた開発環境に対する印象は変わります。設計者が0から考えたり豪快な失敗から学ぶ機会は殆ど失われ、基準に沿った設計は出来てもなぜそう設計するべきかの根っこのところは知らないまま開発は進んでいく。エンジニアの個性や自由な発想で設計することは実績がなく不具合の種になる。だから不具合をできるだけ減らすために基準遵守を徹底する。エンジニアが根っこのところを知るか知らないかはあまり関係ありません。現代のOEMでの開発は、残念ながら根っこを知ろうとする意識や意欲は重要ではありません。

しかし、初めてクルマづくりにチャレンジする会社で設計をする場合、設計の拠り所となる基準や考え方がありません。とにかく自由です。基準が無い中で、どう設計するべきかという根っこに意識を持つエンジニアが必要になります。

大手OEMの時は、その基準・要件という絶対に守らなければならない「憲法」がしがらみに感じ、「自由に設計させてくれ!」と熱望していたのにいざそのしがらみから解放されると拠り所を失ってさまよい、1本目の線が引けなくなる。そんな経験があります。

ここがクルマづくりにチャレンジする場合に足を引っ張ります。

車両設計を進めるためには自動車エンジニアが必要ですが、社内に設計基準や生産要件がきっちり書面化出来ていれば設計者の確保に困ることはないと思います。日本にも世界にもエンジニアリング会社はたくさんありますし、自社の目指すビジョンに魅力があって一定の待遇が確保されるなら、エンジニアを雇うことも可能かも知れません。

ただ、そのエンジニアリング会社や雇い入れたエンジニアが、基準という拠り所がない中で設計を進めていけるかどうか、この見極めは非常に難しいです。自動車メーカーでのキャリアの長さ、受託開発の経験、得意とする設計分野、などの実績だけでは見極められません。

まっさらなキャンパスで自分たちのセンスと判断を信じて設計を進め、大きな失敗で手戻りしながらも改良し、再チャレンジし、クルマづくりを進めていく。限られた時間と予算の中で設計をやり切るには、エンジニアに「経験・センス・覚悟」の3つが伴わないとゴールまで行き着かないと思います。

このような、現代の自動車業界においては稀有なエンジニアと、OEMでの経験を持つエンジニア、それぞれが混ざり合い一つのチームになって開発を進めることが重要です。セクショナリズムを振りかざしたり、自部門最優先の自己中なエンジニアは必要ありません。車両最適を常に考え、自己犠牲を厭わない献身的なエンジニアこそが必要です。

自社の開発環境に適したエンジニアの確保が、車両設計の一番大切な分岐点です。車両設計というより、「車両設計のチームビルディング」と言った方が正確かも知れません。