クルマづくりサポート雑記

クルマづくりサポート#16【大手自動車メーカーの車両開発だけが正解ではない】

いきなり上から目線でナマイキな見出しですが、決して大手自動車メーカーに喧嘩を売っているわけではありません。このところ自動車業界への新規参入を目指す企業様から車両開発に関してご相談いただく機会が多く、いろいろと意見交換をさせていただいております。自身の頭の整理を含めて自動車開発についての私見を書かせていただきます。

大手自動車メーカー(以下、大手OEM )は、ある決まった基準やルールの下で多くのエンジニアが同時並行で自動車開発する環境です。

その環境は、既存車種のモデルチェンジ、大量生産、プラットフォームや部品の共通化による量産効果、現有する自社工場での生産、構築されたサプライチェーン、設計基準や生産要件に則った範囲での車両開発 という条件下においては最も効率的で失敗しにくい優れた開発環境であると言えます。

日本自動車産業の70年以上の歴史から、多くの失敗や不具合を経て改良を重ね続けて完成された非常に優れた車両開発の仕組みです。高品質&適正価格で、短い開発期間でタイムリーに新型車を市場投入できる、日本自動車メーカーの最大の武器だと言えます。

厳格に決められたルールとして設計基準や生産要件があり、そのルールを遵守し逸脱しないように開発を進め、関所ごとの目標値をクリアしていけば、極端に言うと誰がやってもそれなりの結果が出ます。もしトラブルや不具合が発生しても、過去の事例を調べたら解決策は見いだせる。そんな環境ですので、開発に非常に苦労するとか予期せぬ壁にぶつかって開発が停滞する場面はあまり見られません。これは一朝一夕にはできない優れた仕組みです。

しかし、優れた仕組みだからといって「自動車開発は大手OEMこそがプロであり本流、それ以外は亜流」というわけではないと私は考えています。あくまでも、ある条件下においてのみ優れている仕組みであり、その条件は「大量生産で、既存の車体構造を踏襲し、迅速に効率的に大人数で高品質&適正価格で車両を開発したい場合」に限られます。

少量生産や中量生産、新しい車体構造、今まで作ったことのない新カテゴリーの車両開発などの場合においては、大手OEMのこの仕組みはベストではありません。

実際に大手OEM社内で開発した従来とは異なる新構造の少量生産車においては、開発や設計で非常に苦労されていたシーンを何度も見たことがあります。また、大手OEM社内のワンオフ車両試作プロジェクトでは、予期せぬ壁にぶつかってものづくりが停滞する場面がありました。それらの開発メンバーから「プロジェクトをどう進めるべきか分からない」「トラブルの打開策が見出せない」などという声を度々聞いていました。

これらは、厳格に決められた大手のルール下での開発しか経験していないことが一因だと思います。私も大手OEMを辞めてスタートアップで0からの車両開発を始めるときに、この壁に何度もぶつかりました。

100年に一度の変革期と言われ、今まで想像もしていなかった新しいモビリティが主流になりつつある近い未来に目を向けると、既存の大手OEMのやり方では新しいモビリティを生み出すのは難しい、イノベーションを起こしにくいのではないかと感じています。なぜなら、新しいモビリティを生み出すにはチャレンジして、トライして、失敗して、そしてその失敗から対策案を考え抜いて、またチャレンジしてというサイクルを何度も何度も繰り返す必要があるからです。

「新しいアイデアを考えて、失敗を恐れずにまずは色々と試してみる。」

このシンプルなトライ&エラーが新しいものづくりには必要不可欠ですし、これが出来れば上記の一例に挙げた少量生産車やワンオフ車両試作のプロジェクトでも失敗しながら一歩ずつ開発は進んでいきます。

今の大手OEMは、この「失敗」が出来ない環境になってしまったように感じます。環境が変わらないのに「イノベーションを起こせ!チャレンジしろ!」とマネジメント層が叫んでも、イノベーションは起こりません。失敗しない、失敗できない環境を作りあげてルール遵守の開発だけをさせてきたのに、いきなりイノベーションといってもピンとこないのは当たり前です。

イノベーションを起こすためにマネジメント層がやることは「自分で考えて、まず試してみよう!失敗しても全責任は自分が取るから心配するな!」と言って、メンバーにチャレンジ&失敗をしやすい環境を作り、根気強く我慢し続けることです。

 

次に、大手OEM以外の新興企業&スタートアップに目を向けてみます。

自動車の量産を目指す新興企業やスタートアップは、とにもかくにもまずはヒト、モノ、カネ、場所の確保が必要ですが、ヒトに関しては車両開発経験者として大手OEM出身者やOBを招集するケースが多いと思います。ここで大切なことは、経営者も大手OEM出身者も「大手OEMのやり方が本流であり唯一無二のベスト、それ以外は亜流だ!」と思ってはいけないことです。

私は、スタートアップのクルマづくりは、ヒトモノカネ場所が揃っても完成しない。必要なのは、自分たちの環境に見合った進め方をする”選球眼”と”実行力”だと考えています。

例えば、潤沢な資金があり、大手OEMの現役バリバリのエンジニアやマネージャー、OBをたくさん集めた会社があったとします。作りたい車両の企画があり、デザイン案があり、エンジニアの頭数も揃っていたとする。開発拠点があり、生産工場になる予定の土地もアタリはつけている。側から見たら大量生産の自動車を開発できる体制に見えますよね。だが、作りたい車の目標性能、目標品質、目標原価、目標販売台数は決められても、それを実現させるための具体的な指針がありません。

大手OEMには、過去の量産車開発経験や他社ベンチマーク情報、過去の膨大な不具合事例から生み出した設計基準、各工場にあった生産要件、強靭なサプライチェーン、各種試験ができる環境、会社としての信用信頼など、全てが揃っています。これらがあるから目標性能、品質、原価を開発開始前に精度良く決められます。大手OEMではない環境で車両開発をする場合、上記の目標を具現化する設計要件や生産要件が無いわけです。車両に搭載するシステムや部品は、具体的にどの部品で、どんなスペックで、いくらで買えるかは確定していない。各購入部品の3Dデータもありません。

そうなると、エンジニアは何を基準に設計を始めたら良いかに困ってしまい、1本目の線を引き始めることができなくなります。目標性能や品質、原価も決めてはみるものの、ほぼ根拠のない実現性に乏しい目標になります。まずプロジェクトリーダーやチーフエンジニアがこの状況をしっかりと理解しているか、が重要です。環境が整っていないのであれば、自分の経験と感覚を信じて仮の基準を決め、失敗しながらも諦めずに一歩ずつ設計を進めていく。このように、様々な課題を基準や過去の事例に頼らず、自分の力で切り開いていける逞しいエンジニアが絶対に必要です。その逞しさはOEMでの実績やキャリア年数とは関係ありません。

現在の大手OEMの環境では自身で考えて大胆にチャレンジし激しく失敗することがほぼ出来ないので、このようなエンジニアは育ちにくいです。

車体設計を一例に挙げますが、開発車両の車体は

 ①板金プレスのモノコックボディ構造にするべきか、②スペースフレームにするべきか、③CFRPバスタブ構造にするべきか

どの案を選択するのか、プロジェクトリーダーやチーフエンジニアは根拠を持って決断し、各エンジニアチームに的確に設計指示をしなければなりません。それらの構造はどの取引先でどのくらいの原価で作れるのか?その品質は?耐久性は?課題は?必要な型や治具の費用は?何台作れば損益分岐点が下がるのか?など、未知の部分が多いと大手OEMの開発日程のようにスムーズには設計が進まず、手戻りは多く、トライ&エラーでどんどん時間と費用がかかっていくことになる。そのリスクも含めて開発日程、予算、リソース、は計画できているのか。

車体設計に必要な搭載物であるエンジンやモーター、走る・曲がる・止まるに必要なシステムや部品はタイムリーに適正価格で調達できる取引先ネットワークが出来ているのか?設計に必要な情報はタイムリーに入手出来るのか?これらが出来ていない場合はエンジニアチームはいつまでも詳細設計に着手できず、手戻りばかり繰り返すことになる。

これらのような課題や開発現場の困りごとを、プロジェクトリーダーは理解しているのか?あるいは全く想像できていないのか?この差はプロジェクトがゴールまで行けるか行けないか程の大きな差となります。ですので、スタートアップの車両開発においては大手OEMの開発環境こそが唯一無二のベストだと信じて疑わない人が100人いても状況は変わりません。

新たに自動車会社を作って量産を目指すのであれば、まずこの大手の発想を一旦捨てないとゴールまでは届かないことがほとんどです。価値観を変えられずにゴールまで到達できなかった会社を過去にたくさん見てきました。スタートアップで、特に日本においては、一朝一夕には大手OEMと同じ環境を作ることはできません。周りの取引先様からも大手OEMのような対応をしてもらえず何が悪いのか気づかないまま資金が尽きてゴールまで届かない。これは非常にもったいないことです。

新興企業やスタートアップで自動車開発を進める場合は、目指す方向を明確に示し、自分たちの環境に見合った進め方で舵取りを行い、エンジニアチームの能力を最大限活かすために前さばきをしっかり行い、プロジェクト全体を常に俯瞰視し、外からの自社およびプロジェクトの見え方を客観視できていることが重要です。