クルマづくりサポート

クルマづくりサポート#3【前さばき】

「前さばきはクルマづくりに一番重要」
などと、わかったふりして偉そうに言っていますが、私が実際に経験したクルマづくりは戦略も何もない単純で無謀な全力疾走。
走っても走っても激しく壁にぶつかる毎日でした。

・作りたいクルマの企画は大枠だけ決めて、それ以外は旧型車の企画を踏襲
・部品の多くは旧型車の部品を流用する
・どこで作るのかはとりあえず未定

開発初期はエンジニアが私一人でしたので、相談するにも相手がいない。
なので、こんな程度の決め事を自分で決めて設計をスタートしました。

今振り返ると、「こんな程度の決め事」≒「前さばき」なんですよね。この雑な前さばきが後にたくさんの失敗を生むわけですが。

部品を例に挙げますが、
・旧型車の部品を流用すると決めたが、既に手に入らない
・部品は手に入るが、今の保安基準には適合しない
・それらの部品で設計を進めたものの、自動車部品メーカーさんに売ってもらえない
など、開発を進める中でどんどん壁にぶつかり、手戻りを余儀なくされます。

実は、一台分だけ部品を手に入れることは比較的簡単なんです。
解体屋、ネットオークション、中古パーツ屋、補給部品、既存車分解など、入手ルートはたくさんあります。
ただ、その部品を新品で100台とか1000台とか、量産台数分の調達を確保するのがとてつもなく難しい。

万が一量産台数分買える交渉が成立しても、少量生産のゆっくりした量産スピードには合わせてもらえず一括購入しないとダメとか、全台数分の発注書と支払いが前金で必要とか、部品不具合があっても一切責任を負わないなど、地味な圧力が開発チームを苦しめていきます。

大手OEMで開発するなら、この部品はあの取引先で〇〇円で作ってもらえるというルートが確立されています。取引先の既存部品から選んだり、新規開発してもらったり、競合する取引先と比べてコスト競争に持ち込み、量産時はジャストインタイムで持ってきて、などOEM優位でどんどん進んでいきます。これは大手OEMの歴史と信用から生まれる大きなアドバンテージです。部品が買えないなどという心配はありません。

大手のその世界ばかりを見てきたエンジニアの場合、部品の選び方という前さばきはさほど重要と思わずに、企画に沿った部品を選定したり、大手OEMの感覚で「部品メーカーさんに新規で作ってもらおう」などと考えがちです。私自身もそうでした。

でも実際に部品メーカーさんにお願いしに行くと「御社に部品を売って、もし事故でも起きて弊社の信用にキズがつくと困るので取引できません。」とバッサリ切られます。

部品をそもそも売ってもらえない、複数台分の部品を量産の生産ペースに合わせてタイムリーに買えない、買えるとしても一括前金のみ、などの壁が出てきます。お金の話だけではありません。開発する側に信用・信頼・安心感があるかどうかの話でもあります。そこで「そうか、我々は大手OEMではなかったんだ」と気づきます。

それらのリスクも考慮して部品選定をする。場合によっては手に入る部品をベースに車両企画を修正する。
こんなことを考えて選択しないと、量産というゴールまで届かずにプロジェクトが終わってしまいます。

やってみて、失敗し、また考え直して、やってみて、手戻りしながらも一歩ずつ進んでいく。
この方法でOKなんですが、クルマづくりに関してはこの地道なやり方だけではゴールまで届かずに資金が尽き、気力が尽きてしまうことがあります。地道にコツコツやると言っても、クルマづくりや量産にはやらなければならないことが本当に多すぎるからです。

何のためにするのか、という「目的」
そのためにどんなクルマを作るのか、という「企画」
それを、誰が設計しどこでつくるのかという、「手法」

これらをきちんと決めることを前さばきと呼んでいます。前さばきの一例として「目的と企画は自分たちで決めて、設計と生産は外部委託先に丸投げ」という選択肢もあります。これも戦略の一つです。大手OEMでもスタートアップでも、この選択をしているケースはたくさんあります。自分たちでやることだけが選択肢ではありません。

私が経験した「自分たちでやるクルマづくり」は、この「目的、企画、手法」の大枠を決めるのに2年以上かかりました。前さばきが上手に出来れば、この2年は2ヶ月に短縮できたと今は感じています。手探りで進んだ2年間は私にとっては非常に貴重な経験ですが、失敗談をお伝えしつつ2ヶ月に短縮できればそれに越したことはないと思います。